第三原因の原因発見ストーリー Part.1
悪夢のような逆転負け…
今からとても重要なお話をしたいと思います。
今まで誰も明確に説明できなかった、「親と不登校の理論的な関係」です。
いじめによる不登校
Aさんのお母さんからご相談をいただいたのはその年の冬でした。
生まれたばかりの赤ちゃん( Aさんの妹)を抱えたお母さんと子守のためのおばあちゃんと一緒に Aさんがいわきまで来てくれました。
Aさんのお母さんによると、小5の時の仲の良かった女の子から妬まれるようになり、中学に入ってから次第にウザイキモイと言われるようになり、それ以来対人恐怖と吐き気が強く不登校となりました。
また小6の時には別の女の子のグループからもいじめを受けていました。
Aさんはお母さんの仕事の都合で、生後早いうちからお母さんの職場内の託児所に預けられ、そこで早速乳幼児をにらみつける保母さんに出会っています。しかもその記憶をきちんと憶えていました。
そこから幼稚園の先生、小3からの先生まで記憶の除去が進みました。
1回目のカウンセリングが終わった後に Aさんは帰り道でお母さんに、「すごい、怖いのなくなった」と言っていたらしく、2回目のカウンセリングまでに何とお母さんの車に乗って校舎内に入るという快挙を達成していました。
それから記憶除去が進むにつれ、校舎内に滞在できる時間が増え、窓を開けたりドアを開けて車から降りてみたりと、紆余曲折はあったものの順調でした。
ところが彼女をいじめた B さんの記憶除去にいよいよ入ってから、暗雲がたれ込み始めました。
B さんに関して一番古いという小6の時の記憶除去が全くうまくいかず(鮮明度の点数が下がらない)、そのうち激しい過呼吸を引き起こし、ベッドに倒れこみました。
「マズい、この反応は…」
これは第一原因のパニック型の反応を示しています。
この記憶は B さんに関する一番古い記憶ではなく、しかも B さんがらみの相当の量の別の記憶があったのです。
お母さんの介抱によって幸いにも2時間後 Aさんは落ち着きを取り戻しカウンセリングを再開、様々な記憶をよみがえらせました。
その結果、 B さんよりもさらに古い記憶が多く出てきました。
つまり、小6のいじめを行った連中の多くは、実は小1からつき合いがあったことが判明。
もう一度それらの情報を整理しさらに「なぜそんな連中と付き合うようになったのか」を解明していくと、Aさん自身がイヤと言えない性格であった事、常に受け身で目をつけられやすい(話し掛けられやすい、誘われやすい)存在だったこと等がわかってきました。
それらを踏まえて幼稚園の頃からの記憶にもう一度取り組み始めました。
そのことによってまた徐々に回復を示し、ついには終業式前には教室の中に入り、終業式も参加。このあたりまでは Aさんも「学校へ行きたい、明日が楽しみ」とやる気満々でした。
ところがここでも罠が待ち構えていました。
Aさんと元々友達だった連中が、教室の中に戻った Aさんにとても冷たい態度を示したのです。
これによって Aさんは大きなショックを受けまたダウンしてしまいました。
この原因は Aさんが不登校期間中にこの連中の誘いを無視し不誠実な事をしてしまったためです。
これは、不登校の子供の対人恐怖の症状を考えれば、しょうがないことではあったのです。
それを踏まえて Aさん自身が他人に不誠実な事をしてしまった記憶の除去を指示したのですが、このあたりから迷走が始まります。
4月。彼女は新学期に登校しませんでした。私とスカイプでカウンセリングは続けていましたが、さらに今の新しいクラスには男子で Aさんをからかった連中が多数いることも判明。
そしてお母さんから連絡が。
「Aは学校へ行く気を失ったかもしれません」。
一体どうなっているのか。 Aさんに詳細を尋ねると、
「中1で不登校が始まった頃お母さんとバトルがかなりあって、行きたくなくて2階のトイレに閉じこもっていたのを玄関まで引きずり出され家の外に放り出されたことがありました。
先日母と話しているときにその記憶を思い出し、急に学校へ行く気がなくなりました」。
さらに Aさんは
「ここ最近毎日のように母とケンカがあり、向こうが一方的に“なんで行かないの?どうせ本当は行く気ないんでしょう!”とまくしたてて泣きわめくんです。私は嫌になって自分の部屋に行くと追いかけてきて、ドアの前でずっと泣いているんです」。
あのとても気丈に見えてしっかりしていそうなお母さんが、家の中でこんなふうに精神的に乱れていたとは。
このようなことが毎日家であっては、学校へ行く気を失って当然です。
さらに予想通りのことが。
「お父さんとお母さんは仲悪かったことがあって、私の不登校でもめて激しい言い合いになり、お母さんが泣いて謝っていました。おばあちゃんともギクシャクしていたこともあります」。
もう私の完敗です。
Aさんは続けます。
「中学はもう行かない。高校へは進学したい。カウンセリングはもうやめる」
この手につかみかけた「自発的で安定な再登校」という黄金の砂が、こぼれ落ちてゆく。
悪夢のような逆転負けでした。
・・・
なおその後お母さんより、 Aさんが適応教室に通い出したこと、そして高校進学の勉強と将来の仕事のための勉強を今熱心に続けていることをご報告いただきました。
そしてお母さんは「あのときAが学校へ行かないといったのは、やはりAに冷たい態度を取った子たちの存在が大きかったようです」。
それでも私には敗北感を拭い去ることができませんでした。
お母さんはAさんが語った内容をご存じないのでしょう。もちろん両方とも再登校の意志を奪ったことは否定できませんが…
赤字太字が第三原因です。
早くから託児所に預けられたこと、
両親の不仲と夫婦ゲンカ、
祖母との不仲、
強制登校、
お母さんの精神的不安定。
イヤと言えない性格だったことは、「先回り」もあったと推測されます。