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「医師にならないお前はいらない」という見捨てられ不安を解決したケース

高校2年男子 SK君

SK君は高2の9月に不登校となります。
強い頭痛と、「クラスの雰囲気がイヤだ、授業を受けるのがつらい」「学校に今の精神状態では行けない、死にたい、転校したい」という苦しみを訴え、朝も起きられず勉強に関しても無気力におちいりました。

母上は、これは自分では解決できないと感じ、その2週間後には不登校セラピーのカウンセリングをすぐ開始。カウンセリングには母方祖母様が毎回同席なさり、大きな力となってくださいました。

原因は、家庭内の問題により大きなストレスを抱えた母上と母方祖母様が、SK君を医学部へ入れるために、彼の意志への共感を行わず、威圧的に「医学部へ行け、もっと頑張れ」という養育を行ってしまったことでした。その過程でかなりの見捨てられ不安がSK君に植え付けられてしまったのです。

SK君の見捨てられ不安は、主に「医学部へ行かないならあなたは要らない」「勉強以外のムダなことをするあなたはいらない」を核とし、それが状況に応じてさまざまに変化したモノでした。

毎週のカウンセリングでは、SK君の口から、不登校の核心と、今まで親には言わなかった気持ちが引き出され、語られました。
それを聞くことで、母上と母方祖母様が共感を心がけるようになり、SK君がグンと安定化。

SK君自身は医師になることは良いのですが、それ以外の自分の考えや気持ちを聞いてもらえませんでした。言ったところで否定されると家族に心を閉ざし、苦しんで学校へ行けなくなっていたのです。

改善のポイントは、SK君自身が、感情や過去を的確に言語化できたこと、カウンセリング初期に素早く見捨てられ不安を複数見つけ打ち消したこと、そして最も重要なのは母上と母方祖母様が、SK君へはもちろん家族全員で共感を常に心がけるようになったこと、つまり共感型への変化でした。

高2の11月には元の高校から転校、週5日の授業に全く問題なく通えるようになります。

母親による胎児期からの見捨てられ不安から解放されたケース

中学3年女子 MKさん

MKさんは胎児期から中2に至るまで、母上の心理的虐待を受け育てられました。

そして中1の10月より不登校となります。
母上の心理的虐待と精神不安定によって、MKさんは極度に強い対人恐怖と、極端に低い自己肯定感に苦しめられていました。

他のカウンセリングに通っても改善されず、元の私立中学を退学し、公立中学に転校しましたが、やはり登校できませんでした。

その姿に父上は「いつかこうなると思っていました。何とか娘を救って」

中1の11月から、父上のご依頼で、母上のカウンセリングを新井が行いました。
母自身も酷い虐待を受け育てられていた事実が明るみに出て、父上はショックを受けておられました。その後母上は家を離れます(実質父子家庭に)。

中3の4月より、MKさん本人が父上に連れられて、不登校セラピーのカウンセリングを開始しました。

MKさんの悩みは主に
「あたしは自分から人に話しかけられない。だから転校先でもクラスメートから話しかけてくれなかったら友達ができずまた独りになる」
「友達作りが下手なあたしは、グループに入るために勉強ができないといけない、けど私は勉強できないから、クラスメートから相手にされず独りになる」
という、強い見捨てられ不安でした。

母の虐待と、元いた私立中学の人間関係が複雑に入り組んだかなり難しいケースでしたが、あきらめず粘り強く取り組まれ、1年間(計30回)のカウンセリングを経て、根本原因をいくつも解決。

改善のポイントは、
朝も起きられずカウンセリングに意味を見いだすことも難しかったMKさんに、父上が無限の愛をもって粘り強く、かつやさしくカウンセリングを受けさせ続け、絶対あきらめなかったこと、

見捨てられ不安を生み出す鍵となる2つの重要な、母上の言動の記憶を見つけ出し、そこから生じていた見捨てられ不安の打ち消しに成功したことでした。

そこから一気にメキメキ改善。中3の2月終わり頃から保健室登校を開始、卒業式にも参加できるほどに。

そして無事高校に入学しました。
もちろん週5日毎日登校、無遅刻無欠席無早退。友人関係も勉強も充実しています。

同6月、全く問題ないことを確認し、カウンセリングを終了しました。

ちなみに、MKさんは本ページ執筆現在高校1年生。なんとカナダへの留学に、自ら旅立ちました。父上曰く、「中学時代がウソのように明るく元気です。留学も、積極的でした」とのことです。